--------今回は物語です-----------
会社勤めをし、特に使いみちも無いまま、こつこつ2000万円貯めた男がいた。
その男が先ごろ結婚した。
妻となった女は、その男がたんまりと貯め込んでいることに感づいていた。
男の職業は安定したものであり、今後も安定した暮らしが望めるだろうと思っていた。
妻は夫に、新築の一戸建てが欲しい、とお願いした。
ふたりの新居が欲しい。
犬も飼いたい。
子供ができたときのために、自然環境も教育環境も交通の便もいいところがいい。
男には貯金があった。
当然、借金をする必要もあるが、それでも借金をかなり抑えることができると考えた。
貯めこんできたお金を思い切って使う時が来たのかもしれない、と考えた。
しかし、慎重な男は、友人に相談することにした。
友人は、お金の科学者と呼ばれている男であった。
「久しぶりだね」と、お金の科学者は言った。
「ああ、相談があるんだよ」
男は、家を買おうか迷っていることを伝えた。
「君は、勤め始めて何年になるかな」
「ちょうど10年だ」
「10年間、こつこつと貯めてきたんだね。その若さで2000万円もの貯金がある者は少ない。君には余裕があるだろう。今日、突然解雇されても、会社が倒産しても、君はビクともしない。仕事が嫌になったら会社を辞めて、長期の旅行に行くこともできる。そういう心の余裕が、君の魅力の一部となっている。
ところで、その2000万円は、家を建てるために貯めてきたお金なのかな」
「いや。何も考えてなかったんだ。いつの間にか貯まっていた」
「奥様からねだられて、お金があるからそれを使ってしまおうと考えているんだね」
「まあ、そういうところだ」
「もし、君が2000万円を使い、さらに借金をして家を建てたとしよう。そうしたら、君はどうなるかな。君の心の余裕はどうなるかな。消えてしまうのではないかな。突然解雇されたら困ると心配し、会社が倒産したらどうしようと心配し、仕事が嫌でも辞めるわけにはいかず、長期旅行など夢のまた夢。いまよりも大きな家に住み、すてきな奥様までいるというのに、貯金はなく、毎月の出費は明らかに増えている」
「そう言われるとそうかもしれない」
「君の魅力が消えるのは悲しいよ」
「貯金が俺の魅力だったというのかい」
「貯金が無くなったとしても、心配事が増えなければ大丈夫だが、そう簡単にはいかないだろう、ということだよ」
「どうしたらいいだろう。家を買うのはあきらめたほうがいいだろうか」
「家を買うことを目標に、今日から夫婦ふたりで貯金を始めたらいいんだよ。今度は、目的を持って貯金するんだ。今まで貯めた分は、そのままでもいいが・・・、できたら賢明な投資先を見つけてお金に働いてもらうことだろうね」
「うーむ・・・。妻は、俺と婚約したときに会社を辞めたんだ。それまで働いていたのだが・・・」
「はははは。いや、すまない。貯金を使い果たし、これからは会社と奥様と銀行のために働いていくんだ、という気概があるなら構わんじゃないか。君のことだ。奥様はしっかりした女性なのだろうね。家事はもちろん、家計のやりくりもできるような」
「あ、ああ・・・、どうかな」
「不安にさせるようなことを聞いてしまったならすまないね。まあ、とにかくだ。貯金を使い、借金をして家を買ったなら、君がふたたび2000万円ものお金を貯めるのには10年以上かかるのはまず間違いない。それよりは、いまの貯金の一部を投資に回し、夫婦で働いて、家を買うための貯金をあらたに始めるほうが賢明なのではないかな、ということだ。ふたりで安いアパートにでも住んで、倹約に励んで、そして一戸建てを買うための頭金が貯まったころ、君の財産は数千万円にまで増えているかもしれないんだからね。二人で一緒に頑張るということも、夫婦愛を深めるいい経験になろうかと思うよ」
「そうだね。二人のためにも、お金のためにも、そちらの方がよさそうだ。家に帰って、妻に話してみるよ。ありがとう」
「お金を増やす方法が知りたくなったら、またおいで」
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おわり