2017年07月03日

毎回全力を尽くすってのは、強烈で恐ろしい生き方で、普通の人にはできないんだ。

最近は、テレビドラマも映画もつまらない。

と、よく言われている。


なぜか、と問われたなら、

まず、映画史に残る傑作を作ってやろう、あるいは映画の歴史を変えてやろうと思ってない、ということがあげられる。
思ってもないし、当然意気込みもない。

これが、駄作ばかり量産される主たる理由である。


次に、
自分の作品が傑作か駄作か見分けがつかない、鑑賞者としての眼力がない、ということがあげられる。

だから、駄作にもかかわらず、そこで完成としてしまうわけだ。
修正点に気づいたなら直すはずだから。


監督というのは、鑑賞者としても目利きでなければならないわけだ。


さて、1918年。
当時、白内障の進行に苦しみながら睡蓮の連作に取り組んでいたモネは言った。

「絵画はわたしにとって大変な苦しみだ。
今まで満足したことなどない、描く度によい作品にすることなど不可能なのだ。
まったく、一枚の作品に取りかかる度に傑作を産み出そうと思うのだが、決してできない。
永遠に満たされないというのは、恐るべきことだ」


毎回、傑作を産み出そうと思って取り組むというのは、強烈な生き方ですよ。
恐ろしい生き方ですよ。

毎回、自分にがっかりし、もっと頑張らねばと焦り、過去の大家(たいか)に嫉妬し、周囲の環境を恨み、やっぱり自分には才能が無いのではないかと絶望し、、、

恐ろしいね。

だけど、傑作を生むためには、そうするしかないと思う。

なんとなくやったら歴史に残る作品が出来ましたってことはない。

傑作を産み出そうとしないと、産まれない。
その気迫が作品に乗らないとね。
傑作を産み出そうとしても、なかなかできないわけだからね。

とにかく、まあ、壮絶だよ。

ドラマや映画を作るとき、傑作を作ろうと思ったら、そら大変だよ。

そして、一流の製作者は、一流の目利きでもあって、自分の作品のどこが悪いのか、分かるんだよな。
だから、辛いんだ。

posted by TT at 10:30| Comment(0) | TrackBack(0) | ツキを背負ったカモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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