2017年07月05日

ボキャブラリーが無いことは、ただ表現できないだけなのか、認識すらできないのか。AIで危険なこと

ボキャブラリーが無いことは、ただ表現できないだけなのか、認識すらできないのか。

認識できないこともある、というのがとりあえずの私の仮説。


大昔、空は青くなかった、、、らしい。
文章でも絵画でも、空を「青」とは言わなかった、描かなかった。
あるときから、空は青空になった。


19世紀に未開の部族を調査してみたら、青という言葉を持つ部族は少なかったという。
極端な例では、黒、白、赤のみ。
続いて、黄色、緑。

では、青色を識別できないのかというと、そうではなかった。色覚検査では、青を識別した。

青は、ヒトが生き延びる上では認識しなくていい色なのでしょうな。
青で危険なモノはない、と。


さてさて、あるときから空は青くなった、、、わけではなく、「空は青い」とのボキャブラリーを持った。

すると、文章では空は青くなり、絵画では空は青色絵具で塗られるようになる。

絵画では、かつて昼の空は白や灰色や金色だった。

ある時から、空は青くなり、子供の絵においては真っ青になった。

青がないのもちがうし、真っ青もちがう、、と思う。

人間はボキャブラリーに大きく影響される。
ボキャブラリーが間違っていると、空は真っ青になり、隣人は敵となる。


つまり、当然ながら、認識が表現に影響する。


そして、新たなボキャブラリーが導入されるまで、空は青いし、隣人は敵のままなのだろう。


GoogleやIBMなどで、AIのボキャブラリー頑張ってますね。
だけど気を付けないと、上記のとおり、危険なんですよね。
善悪、美醜、、、ボキャブラリーによって変わります。
posted by TT at 13:21| Comment(0) | TrackBack(0) | ツキを背負ったカモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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