2017年08月01日

いじめを見て見ぬふりすることの罪

いじめは、子供にも大人にもあるけれど、子供を例にします。

ここに30人学級があったとする。

4人の加害者、1人の犠牲者、25人の無関心者がいるとします。
いじめは、苛酷なものであり、クラスは無法状態。

本来、クラスというものは、法律はもちろん、一般常識や道徳までも守られた、秩序だった、穏やかな場所であるべきです。

しかしいまは無法状態。

この無法状態をもたらしている責任は、三者のうち誰にあるのか。。。

というと、実は25人の無関心者にあるのですね。

無法状態を産み出してる責任は、25人にある。

犠牲者である彼あるいは彼女は、加害者とだけでなく、無法状態とも闘わなくてはならない。

そして、もし加害者に勝ったとしても、無法状態には勝てない。
このいじめが終わっても、このクラスが無法状態の根を持つことに変わりはないから。

本来、30人が仲間となり、守らねばならないクラスの秩序。

犠牲者は、仲間であったはずの人々すべてから見捨てられ、加害者と無法状態に、ひとり立ち向かう。


自分はひとりの人間なんだ。わたしの権利を侵害するな。

自分自身に忠実に、犠牲者は闘う。

しかしその結果は、自己満足しか得られないことが分かっている。
加害者に勝つことも大きな苦痛を伴うのに、さらに無法状態とも闘わなくてはならない。

おそらく、勝てない。

闘っても、誰も、自分の誠実さも勇気も、評価してはくれない。


25人の無関心者、あるいは臆病者。

彼らの責任は甚大なのである。



といった意味の話が、『権利のための闘争』という本に書いてあります。岩波文庫だと84ページです。
本での結論は、

だから、やられたら闘え、それが法律や権利を守るために必要なのだ、逃げたら不法者がさらにはびこることになる、

です。


つまり、いじめの犠牲者は、なんらかの抵抗を見せたら、それで彼(あるいは彼女)の義務を果たしたことになるのですよ。

勝てなくてもいい。
勝てなかったのは、25人の責任なんだ。

自分自身と、クラス(社会)のために、声をあげた。

よくやった。


30人の部隊で、4人が命令違反をし、25人が傍観している。
当たり前だけど、この部隊は崩壊してる。
ひとりだけ頑張っても、無理だろうね。


最後に、おまけ。
いじめを受けたら、授業中に挙手して、以下の文面を読み上げてください。
会社での問題なら、経営幹部にメールしてください。

「先生。わたしはいじめを受けています。このクラスの誰ひとりとして、いじめの存在を認めないかもしれませんが、いじめはあります。他の先生方や保護者、警察に連絡して、至急このいじめを止めてください」

かならず、紙に書いたものを読むんですよ。
posted by TT at 16:50| Comment(0) | ツキを背負ったカモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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