2017年08月04日

身体が美しいのではない。闘う姿が美しいのだ。

スポーツ選手をカッコいいと思う、と。
で、真似して身体を鍛える人もたくさんいる。


しかし、普段の彼らは、ぬぼーっ、とした大男なだけだ。


昔から、人々は、闘いを見て、楽しみ、感動する。

そこに『美』があるからだ。


絵画でも、闘いを描いたものは多い。

文学でも、そうだ。
何かの信念のために闘う人々。虐げられた民衆が立ち上がる。理不尽な扱いを受けた者が立ち上がる。

このような物語に、私たちは感動する。
美しいと感じるからだ。
この場合、主人公の肉体を美しいと思うわけではない。闘う姿に感動する。


スポーツ選手も同じ。
試合中の彼らの姿に感動する。


「なにか真剣に考えてるときの男性の顔が好き」とかいうのがある。
これも言わば『闘ってる』顔だ。


『闘い』というのは、美しい。

『闘い』を、美しいと思うように、人間は作られている。


人間、顔かたちじゃないよ。

闘おうじゃないか!

闘うためには、目的や信念が必要だ。。。


ところが、その目的や信念が社会的に受け入れられないと、美しくないわけだ。ただの変人だ。しかも、それは時代によって変わる価値観だ。

そしてなにより、「美しい」とは他人からの評価に過ぎない。


というわけで、美しさを求めるのは、たぶん幸せにはなりません。
他人の心にどう映るかを気にしすぎると、よくないよね。疲れるよ。

とはいえ、適度な闘いは、必要だ。
適度に闘おう(笑)

posted by TT at 12:05| Comment(0) | ツキを背負ったカモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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