2017年08月06日

人間はどうやら嘘や隠し事が嫌いらしい。『正しい』生き方とは?

人間はどう生きるべきなのか、そんなことを考える人は多いと思う。
私もそこまでシリアスにはとらえないけど、考える。

そんなときに、宗教、哲学、スピリチュアルといった考え方がある。


スピリチュアルは、その言葉の中に「スピリット(魂)」とあることからも分かるように、『死後の世界』を想定している。そして死後の世界を規定することにより、現世での生き方に規範を与えるという側面がある。この考え方を含む宗教もある。


宗教は、天罰を規定することにより、人間社会の秩序を維持するという側面がある。


哲学は、「正しい考え方」を規定することにより、各個人の心の平安を維持するという側面がある。


最近、森友学園や加計学園、東芝問題について記事を書いた。
思ったのは、いずれも「隠し事」があったこと。
その隠し事が問題を大きくしていく。
豊洲市場もそうだ。
おおっぴらにできないことが嘘を産み、嘘が嘘を呼び、事態が取り返しのつかないところまで行ってしまう。


「なにか嘘があるんじゃないか」「隠し事があるんじゃないか」
となると、大衆はとても興味をそそられるらしい。

そして、「本当のことを言え。真実を明らかにしろ」と盛り上がる。

「真実はこれこれこうでした」となったら、「謝罪しろ、辞任しろ」と盛り上がる。


人は嘘をつかれることが大嫌いらしいね。


さて、最近はマルクスアウレリウスの自省録を読んでおりますが、その中にこんな内容の話が出てきます。

人に「いま何を考えてますか?」と問われたら、すぐに答えられるようにしなくてはならない。即答できることしか考えるべきではないし、無駄なことを考えてる暇はないよ、と。


これは、たとえば恥ずかしいこととか、悪いこととか考えたらいけないよ、という意味でもあります。

また、いま自分が考えてることを隠してはいけないよ、なんでもおおっぴらにする人間でありたいね、という意味にも取れます。

どちらかひとつの解釈が正しいわけではなく、折衷スタイルが、あるべき姿勢だと思います。


悪いことや恥ずかしいことを考えなければ、ほとんどの問題は起きないですね。東芝でもなんでも。

もし、粉飾や、既得権益の保護を恥ずかしいとも悪いとも思わないなら、堂々と言えばいいんですよね。そしたら、誰かが止めるからね。
隠すからいけない。


で、これって仕事場だけの話ではなくて、身近なところでも、見栄をはるとか、強がりを言うとか、偽セレブ生活をSNSで送るとか、、、ぜんぶ同じなんだよな。
嘘が雪だるま式に大きくなるんだよ。


で、別に社会問題になるならない、という話ではなくて、
実は、嘘や隠し事が、人生にとって非常にマイナスなのではないか、ということなんだよな。
マルクスアウレリウスの言ってることは、そういうことだよな。

たとえば、天罰や、地獄(死後の世界の最低ランク)の存在をちらつかせて社会の秩序を守るなんてのは、やっぱり時代遅れに思うし、君主とは言わなくても、上下関係を想起させる仕組みだよ。階級や階層を、ね。

そもそも、「天罰や地獄なんか信じてない。バレなきゃOK」の発想が問題を産んでるわけで、効果がない。


それよりは、各個人が『正しく』生きることが、社会にも秩序をもたらすと思うね。。。

というか、もとより当たり前なんだけど、全員にそれを求めても無理だから、精神的規範を作って、社会を維持してたんだろうな。(もちろん法律もあるよ)



日本でも「直く(なおく)」とか「誠実に」とか、よく言われるけども、
まさにこれは、嘘や隠し事はだめだよ、ってことなんだよな。

「正直」が一番なんだよ。


で、さっきの、「いま何を考えてますか?」と問われたら即答できる人ってのは、すごく強いんだよね。
この人は強い。
正々堂々としてる。


学歴とか仕事とか年収とか聞かれて、「言いたくないな、恥ずかしいな」って思うじゃない。
そのために、「人に言えるような学歴、会社、資格、年収を持とう」と努力しちゃうんだけど、まあ多少の効果はあるんだけど、上には上がいてね。これにはキリがないんだね。
年収1億円の人に聞くと、「自分は収入が少ない、貧乏だと思う」と言うんだよね。
なぜですか、というと、自分の周りはみんな1億円だし、自分の雇い主は年収20億円とかで、その人にコキ使われてるからなんだよね。
ぜんぜん特別感がないわけ。1億円に。


そうじゃなくて、恥ずかしいとか、劣等感とか持つことが間違いなんだよな。

これって、むずかしいんだけどね。


学歴が無いとか彼氏彼女がいないとか年収200万円だとか、これそのものは恥ずかしいことでもなんでもないよね。
「恥ずかしいこと」の定義に、特定の事象はないよね。

だけど、劣等感を植え付ける社会があるんだよね。

無邪気で明るかった子どもが、あるとき劣等感を覚えて、だんだん暗くなるんだよな。見栄をはったり、隠し事したりな。
「ねー、ママ見てみてー」と描いた絵を見せてた子が、自分よりうまく描く子の存在に気づいて、絵を描かなくなるんだよね。
うまいへた、うえした。
だから、そんな想いはさせまい、傷つかない子にしたい、と親はいろいろやらせるんだよね。


だけどまあ、、上には上がいて、きりがなくて、虚しくなるわけだな。


それよりは、自分の良心に照らして、恥ずかしいことも悪いことも、なにもなくて、「学歴ないよー、彼女いないよー、収入ないよー」って言っちゃえる強さがあるよね。

神様の視点というかな、大宇宙全体から見たら、たぶんこういう生き方の方が、『正しい』のだと思うよ。
嘘も隠し事もない、自分にも他人にも正直な生き方。

もしも、学歴や彼氏彼女、年収などについて、自分の良心に照らして「恥ずかしい、情けない、怠けてる」と思うなら、頑張るしかないわけで。それはそれで、スッキリするよね。


正直に生きてみよう、と思います。
posted by TT at 14:45| Comment(0) | ツキを背負ったカモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。