2017年09月02日

(文字禍)賢くなりすぎて不安になる時代

歴史とは、過去にあった事柄を言うのだろうか、それとも書物に記された文字を言うのだろうか?


近頃はフェイクニュースというものもある。
その情報の裏付けを取れ、といわれても、そんなことすべてについてやっている時間はない。


人間は元来が不安を感じる生き物である。

三ヶ月ほど家にとじ込もっていたらどうなるか。
将来について不安に思うものなのだ。
一ヶ月で、そうなるだろう。
一ヶ月、家にとじ込もってたら、未来に希望が持てて、幸福感に包まれました。ということはない。


そのような人間が、手に入れた情報さえ信じられなくなったら、どうなるか。

運動は健康に良いという話もあれば、運動がもたらす身体への害、という話もある。

喫煙は身体に悪いという話もあれば、喫煙のメリットも説かれている。

何をどのくらい食べて、どのくらい飲んで、どんな素材の服を着て、どこのどんな家に住めばいいのか。

わからない。信じられない。

そして行動できなくなる。

行動しないと、不安になる。

不安から逃れるためと、宗教に目を向ける。
ところが、どの宗教が正しいのか、またいろいろな説が世に散らばっている。
いずれの宗教にも、批判されるような間違った点があるらしい。


彼はあらゆることを学んだ。健康も、富も名誉も、幸福も。しかし、すべては書物に記された文字のこと。本当にそれらがあるのかは定かではない。


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新学期、中高生の自殺が多いです。

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ちゃんとした人間は、みな臆病な奴隷である。
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posted by TT at 12:39| Comment(0) | ツキを背負ったカモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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