2012年06月18日

明るい人になりたい(「できる人」が暗い理由)

みなさん、こんばんわ。今日もありがとうございます。

さて。

明るい人になりたい。と、悩んでる人がいます。
きっとですね、つらいこととか、傷ついたりとか、劣等感とか、持っちゃってるんだよね。

「自分はこんな暗い性格だからだめなんだ」「あの子みたいに明るくないから、わたしはダメだ」「おれは暗いから、こんな仕事しかできないんだ」

・・・なんてね。

えー、ちょっと僕が考えたことがあるから、信じなくてもいいんだけど、まあ、気が向いたら読んでみてください。おねがいします。

*************

明るい人ってどういう人なんですか、ってことなんだけど。

太陽は明るいよね。
電気も明るいよね。

なんでですかって。

周りを明るく照らすからだよね。

周りを照らすから「あかるい」って言うんだよね。闇を飛ばしちゃうわけだ。

だからさ、周りの人を明るくする人を、「あかるい人」って言うんだよ。
周りの人の心をあったかくする人を、明るい人とか、あったかい人っていうんだよね。


逆に暗い人っていうのはさ、周りの人を傷つけて、周りの人の心の灯を消しちゃう人なんだよね。電気を消しちゃう人なわけだ。

でも、ジメジメしてるかっていうと、必ずしもそうじゃなくてさ、

たとえば、
「おれはこんなにすごいんだ。それに比べておまえはダメだ」
「おれはこれができる。だけどおまえはできない。おまえよりおれのほうがすごい」

こんなこと言って、人を傷つけて、
「ガハハハ。おれはこんなに明るいのに、おまえはどうしてそんなジメジメしてるんだ。陰気だなあ。ガハハハ」
っていうんだよ。

もっと上から見てみろって。

あんたのまわり、真っ暗だよ。真っ暗闇のなかに、あんたポツンと立ってるよ。
身近な人の心を暗くして、それより自分の方が明るいって言い張って、それがなんなんですか? って。
あんたの人生、まっくらだよ、って。


ね?


「お兄ちゃんはできるのに、どうしてあなたはできないの」
「たけしくんはできるのに、どうしてあなたはできないの」

「はぁ・・・、ほんといやんなっちゃうわ」

っていうんだよね。
家の中、真っ暗だよね。

で、もちろんジメジメしてる人も暗い人だよね。
「ああ。つまらないなあ」とかさ、「やっぱり面白くないよね」とか、「これ、あんまりおいしくないよね。あっちの方がまだマシだよね」とか。

こんな人といても面白くない。



だからさ、明るい人って、派手な人のこと言うんじゃないんだよ。

いつでもはしゃいでる人のこと言うんじゃないんだよ。

どんなに派手で、どんなにはしゃいでも、周りの人の心を暗くする人は、暗い人なんだよ。
周りより明るい人が「明るい人」なんじゃなくて、周りを明るくする人が、「明るい人」、なんだよね。

わかりますか?

照らす人が、明るい人。


だから、自分が地味でも、シャイで口数少なくても、いいんです。

周りの人の心を明るくすればいいんだよ。

そしたら、自分の周りが明るくなる。

上から見たら、あなたの周りがとっても明るいんだよ。
それが明るい人生だよね。

OKですか?


じゃあ、どうしたら周りの人の心を明るくできるんですか、って。
周りの人の心の電気をつけてあげられるんですか、って。


いいですか。



「うれしい」「たのしい」「しあわせ」「ありがとう」

こんな言葉を言えばいいんです。
なんでかっていうと、そういうこと言われると、人はうれしいから。


(ああ、この人はいつも楽しそうだ。わたしといると、いつも楽しそうにしてくれてる。うれしいな。わたしの存在が認められた気がする。生きてきてよかったなあ)

と、こういう風に思うんです。おおげさに言うとね。


人の心を明るくする方法は、自分が幸せになることなんです。

そして、「あなたといると、わたしはしあわせです。ありがとう」と、言うんです。

まあ、これを直接言うのは恥ずかしいし、うそくさくなっちゃったりするんだけど、これっぽいことを言えばいいんですよ。
だけど会って間もない女性から言われた時は、うれしいけど、気をつけないといけませんね(笑)。でも、男がそういうプロの女性に貢いじゃうのは、その女性と一緒にいると楽しいからなんです。しあわせな気持ちになるからなんです。「あー、この人は俺といると楽しそうにしてくれる。俺の存在が認められてるんだ」って思うからなんです。だからプロじゃなくて素人の女性もどんどん言ってあげるべきですよ。

話がそれました。

大事なのは、解釈ですから。解釈。

あるひとつの出来事を、どのように解釈するか。
「くだらない」と思うか、「たのしい」と思うか。

いつでも「たのしい」って解釈してる人のそばにいるほうが、やっぱり楽しいですよ。

心が明るくなるんですよね。


これが上級者になってくるとですね、人を褒めるってことをやるわけです。

褒めるっていうのも、実はその根っこにある精神は、「感謝」なんだよね。
だから同じなんだけど、もっと人を明るくすることができるわけだ。
でもこれは難しい。
上級編ですね。


とにかくですね、まとめると、「明るい人になりたい」と思うなら、まず自分が幸せになるんだ、ということです。うれしいとか、たのしいとか、思うようにしなさい、ということです。

で、世の中には、「うれしいこと」とか「たのしいこと」とか、「つらいこと」とか無いんです。

いいですか。

誰にとっても「つらいこと」とか、無いんですよ。

出来事しかないんですよ。

それを、どう解釈するかということなんです。

だから、「あー、つまらないな」とか「つらいな」とか言って、周りの人の心の電気を消してるのは、自分自身なんですよね。選んで、そうしてるんです。

悲劇にするか、喜劇にするか。

自分で選ぶんですよ。

はい。長くなりました。

いったいなぜこんな話をしてるかというとですね、もちろん「明るい人になりたい」と悩んでる人が読んでくれて、ちょっと試してもらえるとうれしいというのもあるんですが、やはり社長とかそういう組織の上に立つ人ですね、人の上に立つ人、こういう人に「あかるい人」になってもらいたい、っていうことですね。周りを照らす人になってもらいたい、と。このように思うわけです。もちろん僕自身もです。


以上です。ありがとうございます。
 


posted by TT at 02:35| Comment(0) | TrackBack(0) | We Hate Haters!! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月11日

釣り人には過去と未来しかない

釣り人に現在はない。過去と未来しかない。
なんてことを言います。

「昔は釣れたんだけどねえ」
「先週の方がまだよかったねえ」
「ちょっと早かったかなあ。もうちょっと水温上がらないとだめだねえ」

なんて感じです。

釣り人には現在が無いんですね。まあ、釣れない言い訳をたくさんするってわけです。
でも、これじゃあ上達がないんですね。それに不幸なんですね。

仏教とか禅とか勉強してる人は聞いたことあると思うけど、「いま、ここ」ってのがよく出てくるんだよね。
ご飯食べるときだって、いま食べてるものを味わうのが幸せ。
おにぎり食べながら、昔食べたステーキのこと考えたり、フランス料理のフルコースを食べてみたいなあ、なんて考えてるのは不幸なんだよね。現在に満足してないのは不幸なの。満足するのが幸せのコツだからね。

というわけで、現在に集中してない釣り人は、不幸なの。

それに上達がないの。
「今日は釣れないなあ」なんてぼやきながら、釣れないパターンを日がな一日繰り返す。
どうして釣れないのか考えて、いろいろ工夫しないと上達しないよね。
年がら年中、同じ場所で同じ釣り方で、「釣れないなあ」って。
これじゃあうまくならないし、不幸なんだよね。

というわけで、ぜひ向上心をもって釣りをやっていきたいなあ。と思います。
木っ端グレの群れを避けて、なんとか30オーバーをね。あるいは30オーバーの奴が木っ端グレを蹴散らしてサシエサを食ってきてくれるとありがたいんだがなあ。もうちょっと水温と潮が・・・(笑)

でも、たくさんの木っ端グレがいるってだけで、豊かだなあ、と思います。

釣りやるようになって思ったんだけどさ、グレ釣りって人気なんだけど、グレってたくさんいるんだよね。
アジって日本人よく食べるんだけど、アジってたくさんいるんだよね。イワシとかサバもさ。そうやって、たくさんいてたくさんとれる魚を「おいしい」って感じたり、グレとかハゼとかキスとか、たくさんいる魚が釣りのターゲットとして人気になるとかって、幸せだよね。なんかそういう風に、世の中できてるのかなあ、って思うよ。

以上です。ありがとうございます。
 
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2012年06月03日

長い箸の話(この世を極楽にする方法)

極楽と地獄がありまして・・・、
僕の結論は、「この世を極楽にするなんて簡単だ」ということです。
この話を聞いたり読んだりして、「なるほどねえ。そうだよねえ」で終わる人がほとんどだと思うんですけど、よく考えたら簡単なことですよね。この世を極楽にするなんて簡単なんだよ。みんなが努力したらね。あ、僕の話、信じなくていいですよ(笑)


あの世には極楽と地獄があるんだけど、どっちも見た目はおんなじなんだって。
で、食べ物も同じだけあるんだけど、ちょっとルールがあるんだね、あの世特別ルールが。
それは、1メートルくらいある長い箸を使って食べなきゃならないってこと。しかも短く持っちゃだめで、ちゃんと端っこを持たないといけないの。

広い座敷にいくとさ、みんなの分の座布団が敷いてあってさ、部屋の真ん中に釜があるの。そこでうどんを茹でてるんだね。で、座布団の前にはお椀があって、そこにおつゆとか薬味とかそろってんの。

みんな座ってさ、長い箸をもってさ、「いただきまーす」といくわけだ。

で、地獄の場合どうなるかというと、長い箸でうどんをつまみあげて、お椀につけるところまではなんとかできるんだね。だけど、それを食べようとしたところでつまづく。自分の口に入らないんだ。首を伸ばしたり、口を横に広げたり、舌をのばしたりするんだけど、だめなの。届かないの。
そうこうしてるうちに、隣の奴が長い箸でうどんをひったくるの。奪い合いなの。釜に群がってうどんをつまみあげて、お椀につけて、食べようとするんだけど、だれも食べられない。みんなボトボトうどんを畳に落としちゃう。誰一人うどんを食べられない。そうして餓鬼になっていくんだって。こわいねえ。

じゃあ極楽だとどうか。
「いただきまーす」と、まず一人がうどんをつまみあげる。お椀につける。そしたら、向かい側の人に「はいどうぞ」と言って箸を伸ばす。
向かい側の人は、「ありがとう」と口をあけてうどんをいただく。

「では、次はあなたがどうぞ」と言って、向かい側の人がうどんをつまんでお椀につける。そしてこちらに差し出してくれる。
こんな感じでみんなが食べさせあって、みんな満腹になる。


という話なんだけど。

極楽って簡単だよね。
この世を極楽にできるよ。


以上です。ありがとうございます。
 
posted by TT at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | We Hate Haters!! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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