2017年08月23日

2017年8月23日レモンをレモネードに。

日記

日経平均終値19,434、プラス50円
いわゆる夏枯れ相場なのか北朝鮮問題か、二週間で500円下がった。
まあ、自分の持株にはあまり関係はない。

今日はなんとハウスコムの出来高が200株。2単位しか売買されなかったようだ。面白い。
きのう上がったキャリデザは、また少し下がった。一進一退だ。


レモンをレモネードに、梅を梅干しに。
物事には幸不幸も善悪もない。
意思の力と努力が大事。

甲子園は埼玉の学校が優勝。
ピッチャーが強いし、打撃もすごい。
結果は大差となったが、いずれにしろ優勝しただろうという実力。
相手の広島の学校には、いいバッターがいて、決勝戦でもよく打った。
安打数は互角ながら、点差は大差。エラーや四死球の差、打順の妙もあっただろう。
野球は、打順がかなり結果に影響を与えると思うが、試合中には変えられない。
昔はホームランバッターは四番だったが、いまメジャーリーグでは二番に置くことが多い。ランナーがいる可能性の高い状況に加えて、四番と比べて打席数が等しいか多くなる。
二番なら、一回表に必ず打順が回ってくる。これは大事なことだ。
どんなスポーツにも無駄な時間はない。とくにゲーム序盤は気の緩みから失点することが多い。野球でも初回は大事だ。


人間の幸福は、周りの拍手の中にはない。
彼らからの感謝の言葉の中にもない。誉め言葉の中にもない。

レモンをレモネードにするところに、幸福はある。
posted by TT at 18:20| Comment(0) | ツキを背負ったカモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月22日

「そのままで大丈夫」の追伸

前の記事の追伸です。

要は、怪我してるわけじゃないから、『治らない』んです。

世の中でマイナスとされてるあなたの性格は、

怪我してるわけじゃないから、

治らないんです。


だから、そのままで行くしかないの。

鼻が高いとか低いとかっていうのと、性格は同じなんだよ。
これが答え。

克服とか治るとかって話が世の中にあるけど、あれは勘違い。

変わらないです。

怪我したのであれば、治る。
だから鬱病は治る。

だけど、性格は治らない。
怪我してるわけじゃないから。

で、怪我してるわけじゃないから、大丈夫。なんです。
別に、痛めてないんです。

自分に合わない環境にいたら、かえって痛めるかもしれません。


以上です。

posted by TT at 11:25| Comment(0) | ツキを背負ったカモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「そのままでいいんだよ」の意味。『我慢と諦め』の意味

「あなたはそのままでいいんだよ」
「そのままで大丈夫だよ」


という言葉があって、多くの人が救われる言葉らしいのですけれど。

これの意味は、

人間は変わらない

ってことなんですね。

三つ子の魂百まで

なんですね。

たぶんあなたは、幼稚園の頃と変わってないんですね。


人は、犬や猫と同じく個性がある。性格がみんなちがう。

すぐ吠えるとか噛みつくとか、人にとって都合の悪い性格は矯正されます。
でも、これはほんとに変わったわけじゃないです。
吠えたり噛みついたりすると、叩かれたり怒鳴られたり餌もらえなかったりするから、我慢するわけです。


で、あなたが嫌いなあなたの性格なんですが、人に迷惑をかけたりはしてないと思うんですよね。
「平均的な人たち」と比べると、少し違う、という程度。
で、なぜか『マイナス』とされてる特徴。

そう、「損してる」と思わされてるだけ。

思わされて、悩まされてる。

治さなきゃいけない、と思わされてる。


人は幼稚園の頃と変わってない。

幼稚園が好きだった人は、いまでもどこかに通って、みんなと行動するのが好き。
嫌いだった人は、どこかに通うのも、みんなと一緒に行動するのも嫌い。
単純に言うとそういうこと。

で、「みんな」という多数決で強いのは、幼稚園が好きだった人たちですね。

だから、幼稚園が嫌いだった人たちはマイナーなので、「みんな」との違いに悩まされます。
治すように言われます。


だけど、治らないんです。
変われないから。

なんだけど、大丈夫。なんです。

まさに、そのままで大丈夫、なんです。

なぜかって、あなたは幼稚園の頃、大丈夫だったからです。

幼稚園が嫌い(集団行動などが嫌い)なだけで、大丈夫だったからです。

「そのままで大丈夫」というのは、
幼稚園が嫌いだった人が、とくに何も努力しなくても、大人になれば集団行動できるようになる、
という意味ではないです。
大人になっても幼稚園的な環境は嫌いなままです。

だけど、大丈夫。

大人には選択肢があるから。

幼稚園的な環境に身を置かなくてもいい。

「みんな」は、幼稚園的な環境にいるから、あなたにもそうするように言ってくるんだけど、あなたはそうする必要がない。嫌いなんだし。

才能なんだよ。

それぞれ、の。

訓練して矯正して無理することが美学だという昭和的価値観もあるんだけど、、、

結局ストレスためまくりの人生なのは、見れば分かる。

「みんな」と違う、ってことを認めないといけない、ってことだね。

(自分のかわいいワンちゃんに、苦手を克服させようと嫌がることさせて、ストレス与えて、、って、ぜんぶ飼い主の都合だよね)


自分は自分なんだ、体も性格も、自分に与えられたものなんだ、これで生きるしかないんだ、
という部分には我慢が必要だ。

だからこそ、「みんな」と一緒、というのは断念しないといけない。

自分は自分なんだと我慢し、みんなと一緒になることは諦める。


我慢と諦め、ってこういうこと。

我慢して「みんな」と合わせて、諦めて自分らしい人生を捨てる、んじゃないです。



肉体も性格も、自分が自分であることに我慢する。

あきらめて、人とは違う道に進むしかないんだな。


この話の追伸。
http://takemura-cpa.seesaa.net/s/article/452887155.html
posted by TT at 10:34| Comment(0) | ツキを背負ったカモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする