2018年02月14日

お金のかからない話

このまましばらくは、一人のお金持ちに対して99人の庶民、という図式の時代が続くと思うんです。
お金持ちというのは、大企業のオーナーとか経営者です。
それ以外は庶民になります。その大企業の従業員も庶民です。

お客さんが庶民ですから、低価格でモノを売らないと売れません。そのためにどんどんコストカットしていきますから、庶民はどんどん貧しくなります。

で、面白いのは、世の中が大企業で占められていくと、当然、世の中には低価格のモノばかりになります。
なので、お金持ちも、自社が提供する低価格のモノを買うしかなくなる、ということなんですね。

たとえば、いま数十億円かけて自宅を建てようと言っても、昔みたいな大工や職人を何人も集めて、いい木材や石材を使って、、と言っても揃わない。素材もないし、できる会社も無い。


売ってないものは買えないんだね。



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2018年02月13日

映画『ソロモンの偽証』のラスト

ラストシーン。
主役たちが「みんなよくがんばったよね」と、スッキリ爽やかに帰っていくんだけど、そんなもんかな?
もっと暗い顔になるもんじゃないかな。
その他大勢の生徒はともかく、主役たちはもっと落ち込みそうな気がしたけど。
まあ、いいんだけど。

「あのあと、みんな友達になりました」って大人になった涼子ちゃんが言うんだけど、ほんまかいな?って思う。
まあ、いいんだけど。


結構面白くて最後まで見られたからこそ、ラストシーンが変だなあ、と思ったよ。
こういう映画を最後まで見ることができたってことは、だいぶ心が元気というか若い証拠だと思った。
数年前に見かけたときは「アホらしい」と思って全然見られなかったから。


ソロモンの『偽証』って言うくらいだから、裁判のあと、彼の本当の回想シーンになって、実は彼が突き落としてた、、なんて真実かと思ったけど。
そこまで病んでなくてよかったよ。ってところかな。

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2018年02月08日

『しあわせ』とは何か?多くの人は誤解していないか。

しあわせ。
しあわせを手に入れる。
しあわせになる。

成功と紐付けて語られることも多い。


しあわせは、『しあわせる』んで、なにか巡り合わせ的な意味が本来だ。また、なにかプロセスそのものであるように思われる。

フランス語だと
Heureux と書く。
これとそっくりのスペルなのが、
Heure 
これは「時間」という意味。

英語だと
Happy と書く。
Hapは「運」とか「偶然」という意味。


多くの人は、こう解釈する。
なにか運よく偶然に手に入るもの、偶然に巡り会うもの、それがしあわせ、と。

しかし、「時間」という意味も考慮して全体を考えてみると、
しあわせとは正に「生きていること」を意味してると分かる。

偶然にも人間として(なんでもいいけど)、産まれてきて、いま生きて、時を過ごしている。なんという巡り合わせだろうか!


これが、しあわせの意味。
ただ、いま生きている、ってだけ。
このことに歓喜して感謝せよ、ってのは難しいよね。普通はね。
死にかけたとかしないと、なかなかね。だから断食とか滝に打たれたりとかするんだろうね。


多くの人の思ってる『しあわせ』とは随分と印象が違う。
なにか特別なスペシャルな凄いもの。だと思ってる。

幸せを過大評価してる。

よくいわれることだけど、
しあわせはすでに手に入れてる。
ほんとに。いまこれを書いてる私も、読んでるあなたも。生きてるからね。

ただ、しあわせに(生きてることに)感謝してるかというと、まだ足りないかな、と。
しあわせなことに喜べる。自分が生きてることを喜ぶ。

これぞ、生きる目的。
人はなんのために生きるのか?って、このためなんだ、と親鸞は言ってるんだと思うよ。



じゃあ、
「お金持ちになって、成りたいものになって、やりたいことをやって、素敵な家族と仲良く暮らし、いつまでも若々しく生きていく」ってのは何なんだ?


うーん。

それは夢なのかもしれないね。
実は、夢は生きる目的とは違うんだ。
夢は生きる目的にはならない。ただ、生きてることを喜ぶきっかけになるかもね。


だから、こういうことを、「しあわせ」と呼ばずに「夢」と呼び、さらに「目標」と呼ぶことで、きっと努力できるし、達成されるんだね。
やりたいことも、仲の良い家族も、偶然に手に入れるものじゃなく、日々の努力、行動がなければ実現されない。


不思議だなあ、と思う。
文字が出来るまでは、言葉の音だけがあって、基礎となる音から色んな言葉が派生していく。
そしてなぜか、現代人が知らないことを、昔の人は知っている。
文字情報が少なくてシンプルだったからこそ、道理がはっきりと見えていたのかもしれないね。


「産まれてきて、よかった」

これを一日10回唱えるか?(笑)

posted by TT at 13:11| Comment(0) | ツキを背負ったカモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする