2017年08月22日

「そのままでいいんだよ」の意味。『我慢と諦め』の意味

「あなたはそのままでいいんだよ」
「そのままで大丈夫だよ」


という言葉があって、多くの人が救われる言葉らしいのですけれど。

これの意味は、

人間は変わらない

ってことなんですね。

三つ子の魂百まで

なんですね。

たぶんあなたは、幼稚園の頃と変わってないんですね。


人は、犬や猫と同じく個性がある。性格がみんなちがう。

すぐ吠えるとか噛みつくとか、人にとって都合の悪い性格は矯正されます。
でも、これはほんとに変わったわけじゃないです。
吠えたり噛みついたりすると、叩かれたり怒鳴られたり餌もらえなかったりするから、我慢するわけです。


で、あなたが嫌いなあなたの性格なんですが、人に迷惑をかけたりはしてないと思うんですよね。
「平均的な人たち」と比べると、少し違う、という程度。
で、なぜか『マイナス』とされてる特徴。

そう、「損してる」と思わされてるだけ。

思わされて、悩まされてる。

治さなきゃいけない、と思わされてる。


人は幼稚園の頃と変わってない。

幼稚園が好きだった人は、いまでもどこかに通って、みんなと行動するのが好き。
嫌いだった人は、どこかに通うのも、みんなと一緒に行動するのも嫌い。
単純に言うとそういうこと。

で、「みんな」という多数決で強いのは、幼稚園が好きだった人たちですね。

だから、幼稚園が嫌いだった人たちはマイナーなので、「みんな」との違いに悩まされます。
治すように言われます。


だけど、治らないんです。
変われないから。

なんだけど、大丈夫。なんです。

まさに、そのままで大丈夫、なんです。

なぜかって、あなたは幼稚園の頃、大丈夫だったからです。

幼稚園が嫌い(集団行動などが嫌い)なだけで、大丈夫だったからです。

「そのままで大丈夫」というのは、
幼稚園が嫌いだった人が、とくに何も努力しなくても、大人になれば集団行動できるようになる、
という意味ではないです。
大人になっても幼稚園的な環境は嫌いなままです。

だけど、大丈夫。

大人には選択肢があるから。

幼稚園的な環境に身を置かなくてもいい。

「みんな」は、幼稚園的な環境にいるから、あなたにもそうするように言ってくるんだけど、あなたはそうする必要がない。嫌いなんだし。

才能なんだよ。

それぞれ、の。

訓練して矯正して無理することが美学だという昭和的価値観もあるんだけど、、、

結局ストレスためまくりの人生なのは、見れば分かる。

「みんな」と違う、ってことを認めないといけない、ってことだね。

(自分のかわいいワンちゃんに、苦手を克服させようと嫌がることさせて、ストレス与えて、、って、ぜんぶ飼い主の都合だよね)


自分は自分なんだ、体も性格も、自分に与えられたものなんだ、これで生きるしかないんだ、
という部分には我慢が必要だ。

だからこそ、「みんな」と一緒、というのは断念しないといけない。

自分は自分なんだと我慢し、みんなと一緒になることは諦める。


我慢と諦め、ってこういうこと。

我慢して「みんな」と合わせて、諦めて自分らしい人生を捨てる、んじゃないです。



肉体も性格も、自分が自分であることに我慢する。

あきらめて、人とは違う道に進むしかないんだな。


この話の追伸。
http://takemura-cpa.seesaa.net/s/article/452887155.html
posted by TT at 10:34| Comment(0) | ツキを背負ったカモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月20日

幸せを感じたくば、身近な人たちの長所を思い浮かべるのがよい

幸せを感じたくば、身近な人たちの長所を思い浮かべるのがよい。

優しい、親切だ、いつも明るい、笑顔がすてき、エネルギッシュ、行動的、プラス思考、、、


素晴らしいものに囲まれて、恵まれてるよね。
身近に人がいないなら、植物や動物でもいいよね。
posted by TT at 01:41| Comment(0) | ツキを背負ったカモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月18日

どれだけお金をもらわずに働けるか

働く=お金をもらう
と、考えてる人が増えてるように思う。
お金もらえないなら仕事じゃない、みたいな。

仕事するならお金が欲しい、お金もらえないなら仕事じゃない、って考える人の周りには、同じ考えの人が集まるんだよな。

単純な話すると、
自分で料理してご飯を食べる、と。
だけど、料理してもお金もらえない。レストランで料理したらお金もらえるけど、自炊はお金もらえない。だから、自炊しない、と。
そしたら、その人はレストランに食べに行かなきゃならない。

お金取られるよね。

じぶんちの庭でジャガイモやニンジン育ててもお金もらえないから、育てたりしない、と。
そしたらジャガイモとニンジンは買わないと手に入らない。

これは単純な例だけどね。

会社でも、指示された仕事以上に周りを手伝う人がいるよね。社長はその人を大事にするよ。

一方、給料が変わらないならできるだけ仕事したくないって人がいるよね。

真っ先にリストラ対象だよね。


株式投資しようとして、だけど会社のこと調べたり財務分析したりしたくない、と。
証券会社で同じことしたら給料もらえるのに、自分のためにやっても給料もらえないから、やらない、と。

証券会社に手数料取られる以上のお金が消えますよ。


どれだけお金もらわずに働けるか?


この話、社長さんは自分とこの社員にしたらダメなんだけどね、ブラック企業って言われちゃうよ(笑)

でも、人生においては大事な話だと思うんだ。


上に書いた例は、やや単純で、直接的な例だけど、もっと複雑な、「こんなことにまで関係あるのか、これが因果か!?」という絡み合った例も出てくると思う。


なんでもお金に換算する癖は直さないとね。

だけど逆に、なにか人にやってもらったら(無料奉仕してもらったら)、それはとてもありがたいことだから感謝しないといけないね。

posted by TT at 11:09| Comment(0) | ツキを背負ったカモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする