2018年02月13日

映画『ソロモンの偽証』のラスト

ラストシーン。
主役たちが「みんなよくがんばったよね」と、スッキリ爽やかに帰っていくんだけど、そんなもんかな?
もっと暗い顔になるもんじゃないかな。
その他大勢の生徒はともかく、主役たちはもっと落ち込みそうな気がしたけど。
まあ、いいんだけど。

「あのあと、みんな友達になりました」って大人になった涼子ちゃんが言うんだけど、ほんまかいな?って思う。
まあ、いいんだけど。


結構面白くて最後まで見られたからこそ、ラストシーンが変だなあ、と思ったよ。
こういう映画を最後まで見ることができたってことは、だいぶ心が元気というか若い証拠だと思った。
数年前に見かけたときは「アホらしい」と思って全然見られなかったから。


ソロモンの『偽証』って言うくらいだから、裁判のあと、彼の本当の回想シーンになって、実は彼が突き落としてた、、なんて真実かと思ったけど。
そこまで病んでなくてよかったよ。ってところかな。

posted by TT at 15:37| Comment(0) | ツキを背負ったカモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月09日

大荒れの株式市場。なにか買えましたか?恐怖を感じたらゴーだ!

いやあ、大荒れですね。
VIXインバースが95パーセントマイナスで償還されたりして、大変な騒ぎです。

でも近い将来、株価が落ちるのは確実で、それがいつなのか、というだけでしたから、ここは怖がらずに、お気に入りの銘柄を少し買ってみたらいいんじゃないかな、と。
成長してて株価もそこまで高くないんだけど、もう少し安くならないかな、みたいなやつ、用意できてた人は買ってみたらいいんじゃないかな、と。こつこつ、と。

まあ、どこまで下がるか分かりませんから、なかなか飛び込めないものですけどね。

まだ、簡単な問題ってほどには下がってませんし。
業績が株価に追い付いてないというか、株価が高いというか。
とにかく、まだ時間が必要ではあります。


仮想通貨もそうですが、相場の作られ方としては、ざっくり言うと、
まずファンダメンタル投資家が入って、
少し値上がりしてきたところをチャーティストが入って、さらに値上がりして、
「なんか儲かるらしいよ」というので素人の投資家が入って暴騰する。
という感じだと思います。

で、買い手の反対には必ず売り手がいて、
ファンダ投資家に売ったのは、「もうダメだ、あきらめよう」と塩漬け株を手放した素人の投資家で、
チャーティストに売ったのも「やった、少し戻してきた、ここで売っちゃおう」と損切りした素人の投資家で、
暴騰してるときに素人の投資家に売ったのは、ファンダ投資家なんですね。


必ずこのサイクルなんで、自分のポジショニングをしっかり把握して行動しないとやられちゃうんだよな。

恐怖と誘惑に勝たないといけません。

ただ、それほど焦る必要はありませんけどね。
底値で買って高値で売る、なんて狙わない方がいい。
簡単な判断方法は、恐怖を感じたらゴー、誘惑を感じたらストップ。これですね。


あ、いちおう書いておこう。

投資は自己資金で自己責任で。

posted by TT at 10:32| Comment(0) | 株式投資関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月08日

『しあわせ』とは何か?多くの人は誤解していないか。

しあわせ。
しあわせを手に入れる。
しあわせになる。

成功と紐付けて語られることも多い。


しあわせは、『しあわせる』んで、なにか巡り合わせ的な意味が本来だ。また、なにかプロセスそのものであるように思われる。

フランス語だと
Heureux と書く。
これとそっくりのスペルなのが、
Heure 
これは「時間」という意味。

英語だと
Happy と書く。
Hapは「運」とか「偶然」という意味。


多くの人は、こう解釈する。
なにか運よく偶然に手に入るもの、偶然に巡り会うもの、それがしあわせ、と。

しかし、「時間」という意味も考慮して全体を考えてみると、
しあわせとは正に「生きていること」を意味してると分かる。

偶然にも人間として(なんでもいいけど)、産まれてきて、いま生きて、時を過ごしている。なんという巡り合わせだろうか!


これが、しあわせの意味。
ただ、いま生きている、ってだけ。
このことに歓喜して感謝せよ、ってのは難しいよね。普通はね。
死にかけたとかしないと、なかなかね。だから断食とか滝に打たれたりとかするんだろうね。


多くの人の思ってる『しあわせ』とは随分と印象が違う。
なにか特別なスペシャルな凄いもの。だと思ってる。

幸せを過大評価してる。

よくいわれることだけど、
しあわせはすでに手に入れてる。
ほんとに。いまこれを書いてる私も、読んでるあなたも。生きてるからね。

ただ、しあわせに(生きてることに)感謝してるかというと、まだ足りないかな、と。
しあわせなことに喜べる。自分が生きてることを喜ぶ。

これぞ、生きる目的。
人はなんのために生きるのか?って、このためなんだ、と親鸞は言ってるんだと思うよ。



じゃあ、
「お金持ちになって、成りたいものになって、やりたいことをやって、素敵な家族と仲良く暮らし、いつまでも若々しく生きていく」ってのは何なんだ?


うーん。

それは夢なのかもしれないね。
実は、夢は生きる目的とは違うんだ。
夢は生きる目的にはならない。ただ、生きてることを喜ぶきっかけになるかもね。


だから、こういうことを、「しあわせ」と呼ばずに「夢」と呼び、さらに「目標」と呼ぶことで、きっと努力できるし、達成されるんだね。
やりたいことも、仲の良い家族も、偶然に手に入れるものじゃなく、日々の努力、行動がなければ実現されない。


不思議だなあ、と思う。
文字が出来るまでは、言葉の音だけがあって、基礎となる音から色んな言葉が派生していく。
そしてなぜか、現代人が知らないことを、昔の人は知っている。
文字情報が少なくてシンプルだったからこそ、道理がはっきりと見えていたのかもしれないね。


「産まれてきて、よかった」

これを一日10回唱えるか?(笑)

posted by TT at 13:11| Comment(0) | ツキを背負ったカモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする